【参考】ねこ食堂

珈琲をいれるつばめと、ご飯をつくるねこのはなし。


つばめは、海をわたってきました。
いろいろな海をわたってきました。
朝日がのぼる海。
夕日がしずむ海。
じりじりとした日差しが照りつける海。
ひょうひょうと氷と雨が降りそそぐ海。


つばめは、一日中、飛び続けます。
海を見つめながら、前へ前へ。


そして、一日の疲れを
南の島で親切な水夫に教わった
琥珀色の珈琲で癒すのです。
止まり木の上でゆれながら。


つばめの珈琲は
ゆったりすごすための珈琲です。
目を覚ますためのものではなく。
つばめの珈琲は
ふと立ち止まるための珈琲です。
先をいそぐためのものではなく。


あなたがもし
つばめの珈琲を飲むことがあれば
ゆったり、ふと立ち止まって
いろいろな海を想像してみてください。
あなたがわたった海。
あなたが見つめた海。


つばめはゆっくりと
あなたのためだけに
珈琲をいれますから
あなたの時間をすこしください。


ねこは、海のちかくでそだちました。
ねこは、ひとつの海をみていました。
活気にあふれた朝の海。
静かにささやく夜の海。
焼けるようなアスファルトの海。
ちぎれそうな冷たい風が吹く海。


ねこは、一日中、見つめ続けます。
海を、流れる時間を、そして人を。


そして、その一日に感じた喜びを
自分で、きちんと感じるために
たくさんの料理を、作ります。
小さく、そして、確かな手で。


ねこの料理は
今を感謝するための料理です。
明日生き延びるためではなく。
ねこの料理は
明日きっと思い出す料理です。
すぐに忘れてしまうことなく。


あなたがもし
ねこの料理を食べることがあれば
今を感謝し、明日を思いながら
ひとつの海を想像してみてください。
あなたのちかくの海。
あなたが見つめた海。


ねこは喜び楽しんで
あなたのためだけに
料理を作りますから
あなたの時間をすこしください。


つばめとねこのはなし。
珈琲をいれるつばめと、ご飯をつくるねこのはなし。
つづきはまた。

<『つばめとねこのはなし』(未刊)より>